まったく不思議である。
教育勅語に「一旦緩急あれば義勇公に奉じ、以て天壌無窮の
皇運を扶養すべし」という文章があり、左翼リベラルは
この点を一番問題にする。
わしはこの部分を特段、危険とも思っていないが、では、
右派・自称保守が、この部分を守る気があるかと言えば、
現に守ってない。
側室なき男系主義では皇統が絶えるという事態は「一旦緩急
あれば」に匹敵するはずだが、彼らは自らの「義勇」を
「公」(天皇)に奉じているだろうか?
全然奉じていない。
右派は、むしろ「公」(天皇)に叛逆している!
わしは己の義勇を天皇に奉じている。
そして「天壌無窮の皇運を扶養」すべく戦っている。
だが、男系固執の右派連中は、「天壌無窮の皇運を」絶やそう
としている。
もし、男系に固執することが「天壌無窮の皇運を扶養」する
ことだと信じるなら、旧宮家系・国民男子を発見して、
記者会見するはずである。
そのための皇室典範改正を唱えるはずである。
だが、彼らは何もしない。
実は右派は、教育勅語を守りたいとも思っていない。
戦前の風習を守ることが保守だと、大きな大きな勘違いを
しているだけなのだ。
実にバカバカしい。
右派・自称保守の中の何人が教育勅語を暗唱しているか?
彼らは教育勅語を暗唱する気もなければ、守る気もない。
そもそも道徳を守りたいなら、「アッキード事件」の不道徳に
目をつぶるはずがない。
権力は何をやっても許される、説明責任を果たさず、資料を
隠していれば、必ず事件は風化する、そういう不道徳を啓蒙
しているのが、右派・自称保守の連中なのだ。
教育勅語は彼らには全然ふさわしくないのである。